たびっと倶楽部の旅ふれあいマガジン
23号H14.12.1発刊
 
 チロルからウィーンへ
五感で触れる自然と美術の旅
チロルからウィーンへの巡り方
あれよあれよのサファリ珍道記
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 ひとつの出会い


スイスアルプスの美しい自然のハイキングを楽しみ、素朴な人々との触れ合いに心安らぐ。
雄大な自然をたっぷり満喫したあとは、古都ウィーンで芸術に浸る。自然と美術、二つの芸術を堪能する旅はいかがだろう。

新美康明(にいみやすあき)
プロフィール●文筆家、美術展プロデューサー
1952年名古屋生まれ。日本感性教育学会理事。(財)日本余暇文化振興会評議員。日本旅行作家協会会員。ピッコリーノ学園園長。ドールズハウスジャパン代表。イヌイットアートジャパン代表。
銀座で牧神画廊を経営するかたわら美術展やイベント、出版・映像媒体等をプロデュース。長野オリンピックのポスター等もプロデュース。ドールズハウスやイヌイット彫刻・版画のコレクターとしても知られる。『画廊へようこそ』『美しい日本・沖縄小笠原』『佐渡版画村』『編集長は語った』等著書多数。

 
 

 抽象的ないわゆる現代美術の画家たちに、ごくリラックスして風景画でも描いてみないかと誘ったことがある。そこで、日本国中、北から南まで写生して回って、私の画廊(銀座・牧神画廊)で何回となく展覧会も開催した。画家にも展観者にも好評で、さて海外ならどこへ行こうか、ということになったときまず口について出たのがオーストリアだった。

 ロケハンと称して、初秋にめざしたのはヨーロッパを南北に隔てるアルプス山脈のほぼ中央にあるチロル地方。そしてかつてヨーロッパに君臨したハプスブルク大帝国の都ウィーン。自然と歴史文化、芸術が、もっとも艶やかに、また慎ましく、壮大かつ繊細に織りなすところ。そこで、自ら呼吸して、見て聴いて食して触れる…。人間の五感から生まれる創造力の糧は、さていかなるものか…。
 
 

 オーストリア南西端に位置するチロル州の大きさは長野県ほど。人口の80%が標高800m以上の山間地に暮らしている。村々は山に険しく隔てられ、かつてはそれぞれ孤立して自給自足の困苦な生活を強いられたが、それだけに独自の興味深い風俗文化を今に伝えている。
 さらに、2400〜3400m級の山ふところに抱かれた大自然のスケールの大きさ美しさは格別で、それを老若男女だれでも気軽に楽しめる。それがチロルの良いところだろう。


こうした色彩鮮やかな花々がチロルのどの家にも見受けられる

 ベルギーやオランダ王室のロイヤルファミリー(ダイアナ妃も)が常宿するチロル有数のリゾート地レッヒを、まず訪ねた。標高2350mのリューフィコプフ山頂駅まで一気に登ると、14世紀に建てられた聖ニコラウス教会を中心に花々でお化粧した家々が眼下に広がる。白銀を頂くアルプスとは対照的なまばゆいばかりの緑、清冽なレッヒの清流、絵に描いたように…、というより画家が嫉妬するほどの美しさだ。さらに私を惹きつけたのが、このレッヒの山々が秘めた自然の力だ。水晶のように透きとおる山岳湖や渓流水は、高価なミネラルウォーターそのもの(水道の蛇口からも飲める)。その水の成分はまた、土地の人のみが薬効を知るハーブを育み、それはとりわけ心臓、循環器、神経系にすぐれた健康促進効果があるという。


ワンダルング・バスでツガー渓谷を通りレッヒ川の水源からシュプレー湖へ。ここから1時間30分〜2時間ほどのワンダルングが楽しみ

観光局のスタッフと一緒にレッヒ滞在を記念して植樹。申し込めばワンダルングの路中でOK

 
 
 アルプスのシンボル ― 本物のエーデルワイスの可憐な美しさを見やりながら、専門のガイドについてハーブの小道ウォーキングに参加する。アルケミラ(更年期障害)、イラクサ(肝臓病)、オトギリソウ(不眠症)にそれぞれ効能があるハーブがすぐ見つかった。それを手渡されたオリーブオイル入りガラス瓶にさっそくつめる。一週間もすれば私にぴったりのオリジナル超ヘルシーサラダドレッシング(賞味期限は約2年間)のできあがり。

 アルプス特有のトウヒやハイマツなど樹木を訪ねる森林体験ルートでテイク・ア・オゾン。現地の観光課に申し込んでおいた記念植樹もこなし、登録番号0748の証書までいただいた。成長が楽しみな、いつまでも気になる置き土産になった。近くのルークの釣堀では、釣れたてのマスの丸ごとムニエルを賞味。ビールがこれほど腹にしみわたったのは、同国のザルツカンマーグートを山歩きして以来である。成長が楽しみな、いつまでも気になる置き土産になった。近くのルークの釣堀では、釣れたてのマスの丸ごとムニエルを賞味。ビールがこれほど腹にしみわたったのは、同国のザルツカンマーグートを山歩きして以来である。

 まさに心身の五感すべて至福のとき。それがさらにアルペンスキーの聖地サンクト・アントンからゼーフェルト、さらにはインスブルックまでたて続けにあった。
 サンクト・アントンでも、ロープウェイでヴァルーガム山脈(2811m)まで登りつめる。ここではドイツ、イタリア、スイスアルプスの大パノラマが360度展望できる。冬には、ダイヤモンドダストが夢のようにきらめくところだ。

 ホテルでヨーデルを教えてくれた奏者のトリオとそのファミリーの山小屋での小宴は、何日もホームステイしたような味わい深い思い出に…。ゼーフェルトでは、馬車で森巡りしたあと、季節のジャムを手作り。いちばんのお土産にしたら大評判の美味しさだった。かの女帝マリア・テレジアゆかりのインスブルックのシンボル「黄金の小屋根」前の広場では、式をすませたカップルが結婚披露。そのはしゃぎっぷりのすがすがしさに、このチロルの風土のすこやかさを想った。夜は定番チロリアン・ダンスショー。その夕べの夢さめやらぬまま、翌朝、モーツァルトのようにすっかり天真爛漫になって(これぞ芸術家のエッセンス!)、いざウィーンへ。


チロルでは、リフトですぐアルプスの広大なパノラマ世界にとびこめ、3時間あまりのワンダルングが楽しめる
 
 

ウィーン分離派の旗手クリムトの作品。彼は19世紀末、皇帝や貴族の庇護を受けずに新しい芸術の波を興した。アールヌーヴォーは、その華麗な花から芽吹いた


日本でも人気のエゴン・シーレの自画像。レオポルド美術館のコレクションは、レオポルド氏が学生の頃、シーレの作品をやっとの思いで購入したことからスタートした

 そこは街ごとハプスブルクの、そしてウィーン分離派や幻想派の建築、美術工芸品、そして音楽の宝庫。それがさらに、古典・中世芸術の粋を集めた美術史館に加えて、近代美術のレオポルド美術館、現代美術のMUMOKを新世紀2001年にオープン。国外芸術家のためのアーティスト・イン・レジデンスまで併設した一大ミュージアム・クォーターを出現させた。

 この旅の終日、私はレオポルド美術館で日本では未公開のクリムトやシーレの女性像、自画像に魅入ってしまった。そこで、女性のもっとも美しいときとされる初産まもない若い母になぜか抱かれたような陶酔感に浸ってしまった。これまで世界の主だった美術館で名作といわれる絵画もかなりの数見てきたが、この種の感動の仕方は初めてである。
 それはきっと私の身心がチロルの聖なる自然にすっかり癒されて、感性が研ぎ澄まされたからに違いない。

 モーツアルトそしてシーレなど天才が夭折したこの世界の芸術の古都で、チロルのイン川からドナウ川の流れがもたらしたウィンナーワルツの調べが、また新たな美の世界との邂逅、至福のときをもたらしてくれたのである。