| 2002年8月20日、私はこのスケールの大きいツアーの参加者として、ロシア北西端の港湾都市ムルマンスクから、世界最強といわれる原子力砕氷船ヤマル号に乗船した。予定航海日数は13日間、気温は12度だが、北極圏内のここでは夏の盛り、今は白夜だという。
ヤマル号は全長150m、全幅30m、2万3445t、6万5000馬力、乗客定員100名、乗組員150名、本来の仕事は冬季ロシア沿岸や凍結した河川の厚い氷を砕いて航路をつくることにある。観光客を乗せて北極点を目指すのは、いわば夏休みのアルバイトといったところだ。しかし、8月だからこそ極点に到達できるが、7月はまだ氷が厚く、極点への行く手をはばまれたこともあったというから、自然の厳しさをあなどることはできない。
乗客の80%は日本人、平均年齢は69・2歳。同乗した講師陣から北極の自然や極地探検に関する様々なレクチャーを受けながら航海は続く。

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航海3日目、いくつかの島が見えてきた。フランツ・ヨーゼフ諸島、北極点までのほぼ中間にある島々だ。そのうちのひとつ、ベル島にヘリコプターを使って初上陸した。20人乗りのヘリコプターはヤマル号の誇る強力な『武器』で、このあとも偵察飛行や上陸用にと大活躍してくれた。
ベル島には1880年代の探検隊レイ・スミス隊の越冬小屋がまだ残っていて驚かされた。樹木は一切見られないが、小石がごろごろする海岸に黄色い花がへばりつくように咲いていた。極地ケシ(ポーラポピー)だという。すぐ隣の島のなだらかな斜面は氷河で、海に続いている。120年前、探検隊の人たちも同じ光景を目にしていたのだろうか。ベル島へは日本人初上陸ということだった。 |
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真北に向かうヤマル号の行く手に極地特有の白い虹が出た

ベル島で見つけた極地ケシ
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