たびっと倶楽部の旅ふれあいマガジン
24号H15.3.14発刊
 
 北極点への船旅
地球のてっぺんに立つ
北極圏General Information
ハプニングも経験の内?
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 美しきトスカーナ


探検家たちの聖域・北極点が、観光客にも到達可能な場所になった。 純白の氷の世界を力強く切りひらいて、地球の頂点をめざす。 極北の動物たちとも遭遇できる、 感動の船旅にご案内しよう。

島内英佑(しまうちえいすけ)
プロフィール●写真家、日本写真学園講師、NHK文化センター講師 1937年高知県生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。日本旅行作家協会常任理事、日本写真家協会会員。写真集「ボンジュール パリ!」「吉野川ふたむかし」「いとしの町」「1999飛鳥世界一周写真集・海と旅して」「2001飛鳥世界一周写真集・南太平洋冒険航海」ほか。

 
 

 未知の土地へ行ってみたい、と思うのは旅人の共通の欲望である。一度は行ってみたい、けれどもフツーのヒトには絶対無理、と思ってしまうのは宇宙旅行だけではない。北極点(つまり地球のてっぺん)への旅も、探検家たちの世界であってわれわれには無縁、と思っている人が多いのではないだろうか。
北極点といえば文字通り極寒の地で、何人もの探検家たちの命を奪い、人類で初めてこの地に到達したのは1909年、アメリカ人ピアリーの探検隊だったとされている。故植村直己氏が世界初の北極点犬ゾリ単独行に成功したのは1978年だった。

北極海を覆う厚い氷も夏の間は薄くなり、極点近くでは2m程になる。天候も比較的安定するこの時期に、強力な砕氷船を使って北極点に到達しようという観光客向けの旅が企画されていたのだ。
 
 

 2002年8月20日、私はこのスケールの大きいツアーの参加者として、ロシア北西端の港湾都市ムルマンスクから、世界最強といわれる原子力砕氷船ヤマル号に乗船した。予定航海日数は13日間、気温は12度だが、北極圏内のここでは夏の盛り、今は白夜だという。
ヤマル号は全長150m、全幅30m、2万3445t、6万5000馬力、乗客定員100名、乗組員150名、本来の仕事は冬季ロシア沿岸や凍結した河川の厚い氷を砕いて航路をつくることにある。観光客を乗せて北極点を目指すのは、いわば夏休みのアルバイトといったところだ。しかし、8月だからこそ極点に到達できるが、7月はまだ氷が厚く、極点への行く手をはばまれたこともあったというから、自然の厳しさをあなどることはできない。
 乗客の80%は日本人、平均年齢は69・2歳。同乗した講師陣から北極の自然や極地探検に関する様々なレクチャーを受けながら航海は続く。

 航海3日目、いくつかの島が見えてきた。フランツ・ヨーゼフ諸島、北極点までのほぼ中間にある島々だ。そのうちのひとつ、ベル島にヘリコプターを使って初上陸した。20人乗りのヘリコプターはヤマル号の誇る強力な『武器』で、このあとも偵察飛行や上陸用にと大活躍してくれた。
ベル島には1880年代の探検隊レイ・スミス隊の越冬小屋がまだ残っていて驚かされた。樹木は一切見られないが、小石がごろごろする海岸に黄色い花がへばりつくように咲いていた。極地ケシ(ポーラポピー)だという。すぐ隣の島のなだらかな斜面は氷河で、海に続いている。120年前、探検隊の人たちも同じ光景を目にしていたのだろうか。ベル島へは日本人初上陸ということだった。


真北に向かうヤマル号の行く手に極地特有の白い虹が出た


ベル島で見つけた極地ケシ

 
 

 北上するにしたがって流氷の数が増えてきた。右舷3時の方角にセイウチ出現のアナウンス、小さな流氷の上に3頭のセイウチがのんびりと船を見上げていた。ヤマル号は流れる氷の上のセイウチを追ってゆっくり移動。シャッターチャンスを増やしてくれる。待望のシロクマ(ホッキョクグマ)に遭遇したのは海全面が結氷してからである。夜の9時を過ぎていたが白夜なので撮影には困らない。みんな身をのりだしてシロクマの動きを追っていた。


流氷の上でのんびり過ごすセイウチ

 6日目早朝、北極点まであと8q程です、のアナウンス。ほとんどの乗客がブリッジ(操舵室)に集まり、北極点到達の瞬間を待ちわびる。GPSの目盛りが北緯90.00.00を示した瞬間、汽笛が鳴り、歓声と拍手が沸き上がった。全員でシャンパングラスを掲げて乾杯!
トップデッキに駆け上がってぐるりと360度を見渡した。ヤマル号が通過した細い航跡以外は何もない。そこには果てしない純白の氷の世界が広がっていた。心の目にしっかりと焼きつけた。
感動の時はまだ終わらない。今度は自分の足で、じかに北極点の氷を踏みしめ、まさに地球のてっぺんに立つというクライマックスが待っている。舷側にタラップが下ろされ、下船準備は整った。タラップを降りて、北極点の上に立つ、その記念すべき第一歩は右足にしようか、左足にしようか、これも楽しい悩み事だ。人類で最初に月面に立ったアームストロング船長はどっちの足から降りたんだろう?


北極点への平穏な航海を願ったネプチューン祭り


氷の海を力強く航行するヤマル号の勇姿

 
 


ついに北極点の氷の上に到達! 感激の瞬間だ

島内英佑写真展
「地球のてっぺんに立つ―北極点到達の旅―」
2003年6月18日(水)〜27日(金)
東京新宿・高野ビル4階コニカプラザ
TEL 03-3225-5001

 お楽しみはまだ続く。北極点を示すポールを中心に全員が円陣を作った。地球の中心点を囲む輪が回ると、小さいながらも世界一周の達成だ! インスタント世界一周は2回、3回と続いた。一大事業を成し遂げた人々はこぼれんばかりの笑顔であった。我々は世界でもまだ少ない北極点到達者の仲間入りをしたのだ、という思いが体の底から湧いてきた。
北極氷を使ったオンザロックやかき氷、バーベキュー、気温零下1度での氷上のパーティーに旅の達人たちも時の経つのを忘れた。
帰路はコースを変えてフランツ・ヨーゼフ諸島のほかの島々に寄りながらムルマンスクを目指した。ゾディアックボートで訪れたアポロノフ島でセイウチの群れに遭遇した。

 航海最後の夜、荷物を整理中の夜中の1時、オーロラが出ました、との突然のアナウンスにカメラと三脚をつかんでトップデッキに上った。青白い神秘的な光のカーテンがゆらゆらとたなびき、立ち昇っていく。それに連動して人々がどよめいた。
オーロラの出現は全くの予想外、昨日で白夜は終わり、2時間程の夜が始まっていたのだ。みんなで幸運を喜び合った。満足感いっぱいの人々を乗せてヤマル号はムルマンスクに帰港した。


船上からのオーロラは貴重な体験になった