たびっと倶楽部の旅ふれあいマガジン
26号H15.9.10発刊
 
 70歳、世界最高峰への登頂
エベレスト高く遠い夢
エベレスト General Information
世界の素晴らしき山々


三口で失った三時間

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ブータン〜祈りを風にのせて



エベレストGeneral Information

基本情報
 

中国名チョモランマ、ネパール名サガルマータ。公式標高8850m、世界の最高峰である。ネパールと中国チベット自治区の国境に聳え、北緯27度59分16秒、東経86度55分40秒に位置する。人類の踏破を拒む自然環境の厳しさから、北極、南極と並んで、地球上第3の極とも呼ばれる。

 最初にエベレストの観測を行ったのは、1830年前後からヒマラヤの三角測量を実施していたインド測量局である。1849年〜50年にかけて、現在のエベレストの峰に「ピークIX」と名前を付け、観測を実施。この観測値の補正計算が完了した1852年、世界の最高峰であることが確認された。

「エベレスト」と命名されたのはその3年後、インド測量局の初代長官を勤めたイギリスの数理地理学者ジョージ・エベレストを記念してのことである。

 ■自然環境
 


カラパタールから見る世界最高峰の夕焼け

エベレスト山群は主峰のほかにローツェ(8501m)、ヌプツェ(7879m)を中心に、チャンツェ(7538m)、プモリ(7145m)が前衛とされている。冬には猛烈な北風が吹きすさび、夏のモンスーン(季節風)季には南風が大量の雪を伴って猛威をふるうため、両者が交代する5月中旬〜6月初旬、9月下旬〜10月中旬が探検シーズンとなる。

しかし、この時期でも7000m地点で直射日光の輻射が70℃、日陰では0℃、夜間にはマイナス40℃にも達する気温の激変が登山者を苦しめる。また、酸素量の欠乏、雪崩の続発、時に時速160kmにもおよぶ強風などにより、現在でも遭難者が絶えない。

 ■登山史
 

エベレスト登頂の計画は1907年のイギリス隊から始まっている。この年はイギリス山岳会の創立50周年にあたり、それを記念しての計画であった。しかし当時のネパールは鎖国状態であったため南側からの登山はできず、北側のチベットへの入国許可も取れなかったため、結局は実現できなかった。
イギリス隊がようやくチベットからエベレストに到達できたのは、第一次世界大戦後の1921年のこと。その後33年の間に計11回の挑戦が行われたが、頂上直下1000ftの地点から上へ登るのは困難を極めた。

1924年の第3次遠征では、「なぜ登るのか」の問いに対し「そこに山があるからだ」という名言を残しているジョージ・マロリー(37歳)が、アンドルー・アービン(22歳)とともに遭難している。第二次世界大戦後ネパールが鎖国を解き、時を同じくしてチベットの政治情勢が悪化したため、1951年以降の計画は、いずれもネパール側からのものとなる。

エベレストが初めて登頂されたのは今から50年前の1953年5月29日、イギリスのジャン・ハントを隊長とする遠征隊によってであった。頂上に立った隊員はニュージーランドのエドモンド・ヒラリー(33歳)とシェルパのテンジン・ノルゲイ(39歳)の2人である。
 今回登頂に成功したのは三浦雄一郎氏、氏の次男でスキー元五輪代表の三浦豪太氏、カメラマンの村口徳行氏の3名。三浦雄一郎氏の史上最高齢登頂記録の他に、日本人初の親子同時登頂、村口氏による日本人最多登頂(3回・3人目)という記録も達成されている。