たびっと倶楽部の旅ふれあいマガジン
26号H15.9.10発刊
 
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世界の素晴らしき山々


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ブータン〜祈りを風にのせて



bella toscana
「神様の気配」3000mの標高の峠にて、経文の書かれた祈りの旗ダルシンが朝日に照らされ、はためいていた

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 ワンデュ・ボダンでのチュチェ祭(仏教のお祭り)を見るために、首都のティンプーを発ったのは夜明け前だった。ブータンは山の国である。どこもかしこも山で、その間を寄り添うように渓流がずっと流れている。当然、道も山道である。こんなところによく道をつくったと思うような細いくねくね道をひたすら行く。カーブのたびにクラクションを鳴らしながら、かなりのスピードで車は走っていく。ちょっとハンドルを切り損ねたり、対向車をよけられなかったら、崖に落ちていくだろう。ドライバーに命を預ける身となる。
 さらに、そんな道の端には牛や馬や犬が放たれ、悠々と歩いていたり、寝ていたりする。村人もぽつりぽつり歩いている。こんな標高の高い人里離れたところでも、子どもが1人で歩いていたりするのは不思議だ。あそこまではどうやって行くのだろう、と思わせる山の中腹や上のほうに民家が点在している。車窓からそんな光景をぼんやり眺めていると、ふと「孤」ということばが頭に浮かんだ。それぞれがマイペースを尊重されているというポジティブな「孤」がここにはある。

 車で3時間のワンデュ・ボダンへ行くには、ドチュラという標高3000mの峠を越える。山道をぐんぐん登っていくにつれ、鬱蒼とした手つかずの深い森の世界になっていく。樹齢が百年単位か千年単位かもわからないような大木がたくさん聳え立つ。精霊とか神とか、目には見えないけれど、そういう人智を超えた存在がいないわけがないじゃないか、と信仰心のない人間でもすんなり認めるような光景だった。
 しだいに夜が明けてきて、朝日が光を放ち始めた頃、ふっと視界がひらけて、たくさんの長い旗が突如、目に入ってきた。祈りの旗、ダルシンである。ここがドチュラ峠だという。バスを降りると寒いくらいのひんやりとした山の空気だった。ガイドは「ブータンでは峠には神さまがいるといわれています」と言った。
 ほんとうに神様の気配がする。旗にこめられた祈りが風にのって、飛んでいく。
 
 
「暮らし」
山道の途中で、ひっそりとりんごやチーズを売る1人の少年

 山道の途中で、やぎの乾燥チーズとりんごを売っている少年がいた。
 ブータンは、80%が今も自給自足で生活している。物々交換が機能しているし、お金はたくさんなくても食べ物には困らない。そのため貧富の差は大きくないという。実際、物乞いをする人やお金をせがむ子どもを一度も見かけることはなかった。人々といえば、どの人もはにかんだような、でも人懐こい、うわべでない笑顔を見せてくれるばかりだ。顔は日本人にそっくりだが、その表情には私たちがとうに失ってしまった何か―控えめだが芯に秘めた誇り、目の光り、柔らかな微笑み―が息づいていた。
 いたるところが山の斜面であり、段々畑であり、山道であり、必然的にブータンの人々はよく歩く。子どもたちも1、2時間かけて歩いて学校へ行く。そのせいかブータンの男の人のふくらはぎは硬くひきしまり、見惚れるほどシュッと細い。民族衣装からのぞくひざ下のハイソックスがとても映えるのだ。

 ブータンは、slow life の国だ。みんながゆったりのんびりとしたテンポで暮らしている。建物は5階以上は建てず、エレベーターやエスカレーターも造ってはいけないことになっている。豊かな川が流れていても自分たちが食べる分だけの釣り(1回に8匹まで)が許され、あれだけたくさんの森があっても、木を守るためにやたらと伐採しない。不便さをいとわず、与えられたものをそのまま活かし、自然とともに謙虚に等身大で暮らしている。そして、そうした暮らしをとくに不満にも思わないという。
 人は欲や利益にとらわれるからいつも満たされない。満たされようと、できるだけ速く、たくさんのものを手に入れようと躍起になって、結局また空しさが広がるばかりだ。もうとりかえしのつかないところまで私たちは突っ走りすぎてしまった。ブータンの暮らしと知恵に触れて、愚かさが身にしみる。
 ホームステイ先で、石焼風呂に入らせてもらった。3時間以上じっくり石を焼いてお風呂をわかす。ろうそく1本の薄明かりの中、湯船につかりながら、お風呂の小屋の外で火の番をしている娘さんたちが楽しげにおしゃべりするはずむ声や、口ずさむブータンの歌に耳を傾け、からだと心がゆるゆると解けていった。

 
 
「みなに幸あれ」
チュチェ祭にて、仏法の守護者が太鼓をうちならしながら、バチで観客たちの頭をこづいてまわる。幸せが訪れるということで、みな嬉しそうに頭を差し出している

 ブータンは伝統が生きている国でもある。
 民家をはじめ、多くの建物は、日光東照宮を思わせるようなブータン建築であり、色とりどりの彫刻や絵が施されている。空港やホテルの天井には曼荼羅が描かれている。民家の玄関には、魔よけとして、大きなそそりたつ男根が描かれていたりする。中にはさきっぽに目があり、ぴゅっと飛び出す液体の様まで描いてあり、とてもポップだ。
 服も民族衣装を着ることになっている。義務づけられるとたまにハメをはずしたくなるだろう、ジーンズをはく若者もたまに目にしたものの、ブータンの民族衣装はとても美しく、人々も誇りをもっているようだった。
 ブータンの王様は、若くてハンサムなだけでなく、伝統と自然との共存を大切にしつつ、国民のための政策を第一とするとても尊敬されている王様だそうだ。あえて王宮を持たずに、山奥で質素に暮らしていらっしゃるという。その王様のモットーは「GNPよりもHNP」をということで、国民ひとりひとりの幸せ度を大切に、ということだそうだ。教育費も医療費も国民の負担はないという。日本にいると、どうしてそういうことができるのか不思議だが、お金のかけどころがちがうのだろう。

 あるお寺では、マニ車をまわす係を、年をとって身寄りや仕事のない人たちがまかなっていた。与えられた役割が徳を積むことを兼ねているのがなんともうらやましい。そして、その光景を見て、弱さゆえに切り捨てられることのない安心感を思った。自分の幸せがだれかの不幸のもとに成り立つのではなく、みんなが幸せである、そんなことは理想かと思っていたが、ありうるのかもしれない、とふと感じた。
 チュチェ祭で、仏法の守護者が、太鼓を打ち鳴らしながら広場を駆け回り、観客の頭をばちでコンコンとこづいてまわっている。叩いてもらえると幸せが訪れるということで、みんなうれしそうに頭を差し出していた。私も何度かこづいてもらった。
 ブータン流の幸せをおすそわけしてもらえた気がした。

 
 
「まなざし」
若者たちがおしあいへしあい立ち見をしているその合間にしゃがみこんでお祭りを見入るおばさん

 旅先で人にカメラを向けるのは、実は胸が痛む。
 関係性が生まれないままカメラを向けるのは、相手を対象物にしたてて、ふみにじるような気持ちになる。だけれど、その表情の美しさや子どもたちの目の輝きを見ると、こころ惹かれる。
 カメラを手にすると、そのものをただ味わうよりも、写真におさめたい、という強迫的な意地汚い根性が出てくるのが自分でもいやだなぁと思う。自分だけでなく、地元の人々にとっては神聖なお祭りにずかずかと入り込んで、写真を撮りまくり、砲のような長く太い筒のレンズを人々に向けている観光客の様をみると、同じ立場としてなんだか居心地が悪い気分になってくる。
 それでも、ブータンの人々は寛容である。写真を撮られるのを好むところもあって救いだった。「写真を撮ってもいいですか?」と聞くと、頭を右にちょっとかしげる。日本人には「さぁ?」と言っているときの身振りに見えるので、良いのかどうかわかりかね、もう一度聞くとまた「さぁ?」と言うように首をかしげる。何度か繰り返すうちに、それは「OK」のしぐさだと気づいた。

 なかでも子どもたちは写真が大好きだ。お祭りの中心から外れて、木陰で休んでいると、はじめはおそるおそる様子を窺いながら近寄ってくる。ほほえみだけでお互いやりとりするうちに、カメラに興味を示すので写真を撮った。ノートを差し出して「何か書いて」と言うと、名前や住所を書いてくれる。ある少年は、「もし友だちがいなくて困ることがあったらここに連絡して」と首都に住むお姉さんの連絡先まで教えてくれた。その後、「もう行くから」と別れを告げても、ついてきてリュックをつついたり、手をつないできたり、じゃれついてきて「もう一度あっちへいこう。写真を撮ろう」と誘う。そうこうしているうちに子どもたちがさらにわらわらと寄ってきて、いつのまにか囲まれている。みんな写真を撮られたがっている。
 尼寺に行った時も、尼さんの写真を撮らせてもらった。まだ少女っぽさを残した顔立ちの彼女はとても恥ずかしそうにしていたが、帰りがけにアドレスを書いたメモをそっと渡された。なんで、住所をくれたのだろうと一瞬思ったが「写真送ってくださいね」ということだと、あとで気づいた。
 撮らせてもらいっぱなしにせず、そのときの感謝のしるしを込めて、ちゃんと写真を送ろう、という気持ちになる。

 
 
「祈り」
チュチェ祭で、隣に座っていたおばあさんが、数珠をひとつひとつたぐっては絶えず祈っていた、その手。

チュチェ祭には、一張羅の民族衣装を着飾り、村人たちが集まってくる。民族衣装でない観光客には、最低限の礼儀として、襟のついた服を着ることと帽子をかぶってはいけないというお達しがでる。
 神聖な場所に踏み込む申し訳なさを抱きつつ、地元の人々とともに肩を寄せ合い、一度とった姿勢のまま身動きが取れない、すしづめ状態で広場に座りこむ。そうこうするうちに空気はだんだんとなじんでくる。
 おばさんにねりうめを差し出したら、うけとり口に入れた。食べながら微妙に渋い顔をする。若いお母さんがスナック菓子のようなものを差し出して、手のひらに分けてくれた(ブータンにもベビースターラーメンがあるんだな、と思って食べたのだが、それはインスタントラーメンを砕いたものだったとあとで知った)。横のお父さんはビンロウを葉っぱにくるんで噛んでいる。後ろの赤ちゃんは、私のウエストポーチのベルトをひっぱったり、口にくわえたりして遊んでいた。斜め前では、赤ちゃんに母乳をあげている。その横で幼稚園くらいの子どもがお母さんに甘えて幸せに包まれている。小さな修行僧がお祭りで久しぶりに会えた友と楽しげにおしゃべりしている。となりのおばあさんは、ひざの上で、数珠をひとつひとつたぐっては絶え間なく祈っていた。

群集の中で、それぞれの小さな世界が生きている。
 ブータンでは、輪廻転生が信じられている。今ある生は、何万回と繰り返される人生のひとつにすぎない。より解脱の道に近づくために、人々は日々できるだけ徳を積み、悪業を滅することを心がけるという。無常に流れる無数の人生のなかで、いまこうして出会えるのはとてつもない縁があることのような気がしてくる。「袖触れ合うのも他生の縁」ということばの意味をはじめてリアルに実感する。
 そうすると、小さなことにとらわれたり、不満に思ったりする日常に対して、ふと力がぬけ、まぁいいか、という気になってくる。嫌いな人のことも許せそうな気がしてくる。かけがえのないものへはいっそう愛しさがわいてくる。日常にもどれば、否応なく、またあくせくしたムードに戻るだろう。でも、どうせ同じ時を生きるのなら、こんな風に穏やかにおおらかな心持で暮らしていきたいものだ。せめて、この感覚を胸に刻んで、時々思い起こそう。
 人生に起こりうる様々な痛みを、怒りではなく祈りにかえる知恵、限りある無常の人生を等身大に謙虚に生きる知恵を、わずかばかりでもブータンの澄んだ空気とともに吸い込んだ。
 
■著者プロフィール 1968年生まれ、東京都在住。臨床心理士