Tabit たびっと倶楽部の旅ふれあいマガジン
28号H16.3.1発刊
Tabit  
地球の旅人
福建省永定の客家土楼巡り
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Tabit特選-地球を感じる旅
ニュージーランドで見た感動と神秘
旅の事件簿-失敗談・体験談

旅先で出会った世界の祭り


最優秀賞 元気印のヴェッキョ(お年寄り)

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旅の事件簿
梶田 達二
●文・イラスト 梶田 達二
1936年、名古屋生まれ。画家。1985年、画集「世界のアクロバットチーム」出版。1991年、ホテル海洋に100号「出帆の日(旅立ちの日)」納品。2003年、日本郵船歴史博物館にて個展「世界の帆船を描く」開催。日本旅行作家協会会員、日本理科美術協会会員。
 
1965年10月20日、昨日結婚式を挙げた私達夫婦は、横浜からアメリカンプレジデントライン・ウイルソン号でハワイに新婚旅行に船出した。 
 当時は1ドル360円、外貨持ち出しは500ドルだった。遊びで海外に行く人は少なく、ビザを取るのもアメリカ領事館に行き、係の人が「ハネムーンですか」とガイジンの発音で言ったのが印象的だった。アメリカンプレジデントラインの太平洋航路の定期船が就航していた最後の頃だった。
 船はファーストクラスとエコノミークラス別々で、エコノミークラスからファーストクラスへ行く事は出来ない。私達の部屋はエコノミーの上のクラスだった。客は日本の農業団の青年達や日本に里帰りしてハワイに戻る二世・三世のグループ等、人種は様々だった。
 ハワイまで8日間、乗船の夜の船長主催のパーティに始まり、毎日盛り沢山のイベントがあった。客に「木島則夫モーニングショウ」に出演したというメキシコ人の二人の歌手がいて、マネージャーに金を持ち逃げされ傷心で国に帰る途中だった。客同士が同情して彼らにカンパをした。その二人がデッキでギターを弾き陽気に歌っていたのが、その頃大ヒットしていた和田弘とマヒナスターズと田代美代子の「愛して愛して愛しちゃったのよ」だった。みんなで二人を囲み「愛しちゃったのよ・ラ・ラ・ラ」と大海原で思いっきり毎日歌った。先日和田弘さんが亡ったが、感慨深くあの船上での光景を思い浮かべた。
 船がホノルルに着いた日、ワイキキの通りで出合った日本人は皆同じ船に乗っていた人達だった。
プレジデントライン・ウイルソン号
こちらから遠くまで見渡せる程、人通りは少ない。カウアイ島や ハワイ島で出合ったのはアメリカ本土からの団体ばかりで、あちこちで同じ顔ぶれに会った。ハワイ島のコナのレストランで、私が口笛を吹いたらウエイトレスが飛んで来て「アーユー・ア・シンガー?」と芸能人と間違えられた。今、多くの日本人が出掛けるハワイの賑わいから想像出来ない頃の話である。