タイスタイルの店内には驚いたが、オーダーは意外にもすんなりと進んだ。そして、肝心の生地選び。先ほどは、この計画の雲行きを案じた私だったが、生地見本を見たとたん、その雲は一掃された。なんて美しい。艶やかなシルクの、その高貴な光沢。絹織物は水と摩擦と日光に弱く、扱いにくい素材だ。汗にも弱いため、レンタルに向かず、日本では合繊物のドレスも多く出回っている。しかしウェディングドレスに限って言えば、シルクに勝るものはない。さすが本場だけあって、色数も豊富。ひとえに白といっても、紙のような真白からこっくりしたクリーム色、黄みを帯びたやさしい絹色、そして鮮やかなシャンパンゴールド、蜂蜜に近い色まで選びたい放題。最初からタイで作るつもりで研究のために日本でドレスを試着しまくった私だが、この色数には驚いた。さらに素材の種類も豊富だった。選んだのは肌映りの良いクリーム色の、シャンタンという素材。シャンタンは生地表面に、ネップと呼ばれるつぶつぶや織線が現れる。繭から紡ぎ出される絹糸に太さの違いがあるためだ。その違いが、自然からの贈り物、という感じがして私は好きだ。
素材が決まると採寸。首周り、腕、そして胸の位置までかなり細かく採寸される。そこで私はハッとした。やばい。ブラつけてなかった。タイに来てすっかり体もリラックスモードになっていた。このままではサイズ的にまずい。 |
 |
メリハリのないドレスになってしまう。あせった私は、店主に交渉しようとした。が、私のタイ語の能力では「胸は寄せて上げてボーン、と。ウェストはきゅううっと」なんて表現は無理だ。そこで、やむなく自分の胸を寄せ上げ、ボーンきゅううっとジェスチャーをした。すると店主は笑って、「マイペンライ(問題ない)」と言うのだ。タイの問題ない、が一番問題なんだよねえ、と一抹の不安はあったが、この際身を任すことにした。タイに身を任すのって、なんか不安でもあり快感でもある。どうにでもして、のキモチ良さ。私はかなりタイにやられ始めている。
さて、ドレスをオーダーしてしまうと、仮縫いまでの一週間がぽっかり空いてしまった。嫁入り前だし花嫁修業でもするか。結婚すると今までの仕事に加えて家事もしなくてはならない。子どもも産むかもしれないし、こりゃあ体力勝負だな。そう思った私はトレッキングで体力を付けようと、タイ第二の都市チェンマイへ向かった。これが問題だった。チェンマイでの日々があまりにも素晴らしすぎて、結婚したくなくなっちゃったのである。タイの山岳民族を訪ねキャンプに宿泊するトレッキングツアーは、世界各国の旅行者に人気がある。今回のツアーの参加者は、欧米人カップルが3組にカナダ人の女の子3人グループ、アジア人は私の他に日本人男性1人と中国系シンガポーリアンの総勢12名。
|
 |
そしてタイ人ガイドが3名付く。全員が合流すると早速トラックの荷台にギュウギュウ乗り込んで目的地に向かう。このトラックが狭かったおかげで会話が弾む。しかし早くも皆を辟易させるほどの強烈なキャラクターの人物がこの中にいた。シンガポーリアンのおっさん、ジョンである。早口でクセのある英語で繰り広げられるマシンガントークもさることながら、彼はそのいで立ちからしてインパクト大だった。黒サングラスと金のごつい指輪は中国系必須アイテム。いつでも滝で泳げるようにとポロシャツの下はピッチピチの水着パンツだ。手には食糧でいっぱいの大きな買い物袋。食事に不自由しないようにと市場で買い込んで来たという。用意周到な彼だが、裏目にでるタイプらしく、滝は泳げるほど穏やかでなく、食糧は登山には重く皆に配って嫌がられていた。さらに録音マニアでもある彼は、バンコクで録音した隣部屋に泊まったカップルの音まで披露して皆を思いっきり引かせていた。で、私が彼を嫌いかと言うとそうでもなくて、どうもそうゆう人は面白がって観察してしまう癖がある。観察してみるとなかなか愛すべきキャラではあるし、彼がいたことで皆の距離が縮まったこともまた事実なのだった。
|