Tabit たびっと倶楽部の旅ふれあいマガジン
29号H16.6.1発刊
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第7回ハービス旅大賞
紀行エッセイ部門 優秀賞
タイで花嫁修業 武智弘美さん
ドレスショップ
ドレスショップ。ショーウィンドウの外はバンコクの雑踏

 結婚のためにタイ語を習うと言うと、皆驚いた。「タイ人と結婚すんの?」大抵の人は聞いた。「ううん、タイでウェディングドレス作ろうと思っ」
 暑いアジアの国、タイでウェディングドレスと言うと、一見結び付かないようだが、タイと言えばタイシルクなのである。そしてシルクといえばウェディングドレス。実際、バンコクの街角には多くのウェディングドレス店が存在している。そう説明しても本気にされなかった。「ステーキ食べるために餌の牧草から育てるようなもんやな」と、呆れる友人もいた。
 でも私は見てしまったのだ。純白のウェディングドレスを、バンコクの埃っぽい路上でそこだけが聖地のように感じられた。当時、放浪旅行に憧れ、身なりだけは小汚かったなんちゃってバックパッカーの私にとって、それは眩し過ぎた。そして、決めた。結婚が決まる前に決めた。タイでドレスを作ることを。その時からこの旅は始まった。
  一年半後、結婚相手も無事見つかった所で(別にドレスのために見つけたわけではないが)お手製翻訳付きデザイン画を手にバンコクへ向かった。結婚式を3ヶ月後に控えた年末のことである。

まさかドレスを作る旅で結婚最大のピンチが訪れることも知らずに…。私は意気揚揚とドレス店の扉を開けた。そこは、数十メートルほどの路の両脇に、ドレス店が建ち並ぶちょっとした「ドレス街」の中の一軒。通りを何度も行ったり来たりしてその店に狙いを定めたのだった。
 しかし、扉を開けた私はすぐにその狙いが外れたことを知った。通りからは純白のドレスがマネキンに着せられ煌びやか。しかし一歩中へ足を踏み入れると、そこにはまごうことなき「タイ」が広がっていたのである。なんと縫い子のオバちゃんたちが床に座って屋台飯を食べながらドレスを縫っているではないか。ど、ドレスを物食いながら縫ってる! 私は「タイでドレス計画」が挫けそうになるのを感じた。日本では、うやうやしく白手袋をはめて扱うほどの婚礼衣装に、ナンプラーの染みでも付いたらどうする気!? 確かに私はタイ料理は大好きだけど、ナンプラーの香り漂う花嫁にはなりたくない。そんな私にはお構いなく、オバちゃん達はなんともゆったりと屋台飯を平らげ、とろけるようなタイ語でぺちゃくちゃとお喋りをしながらまた作業を始めた。うーん、タイだなあ。と、感心してる場合ではなかった。ここまで来たのだ、オーダーしなくては。

  タイスタイルの店内には驚いたが、オーダーは意外にもすんなりと進んだ。そして、肝心の生地選び。先ほどは、この計画の雲行きを案じた私だったが、生地見本を見たとたん、その雲は一掃された。なんて美しい。艶やかなシルクの、その高貴な光沢。絹織物は水と摩擦と日光に弱く、扱いにくい素材だ。汗にも弱いため、レンタルに向かず、日本では合繊物のドレスも多く出回っている。しかしウェディングドレスに限って言えば、シルクに勝るものはない。さすが本場だけあって、色数も豊富。ひとえに白といっても、紙のような真白からこっくりしたクリーム色、黄みを帯びたやさしい絹色、そして鮮やかなシャンパンゴールド、蜂蜜に近い色まで選びたい放題。最初からタイで作るつもりで研究のために日本でドレスを試着しまくった私だが、この色数には驚いた。さらに素材の種類も豊富だった。選んだのは肌映りの良いクリーム色の、シャンタンという素材。シャンタンは生地表面に、ネップと呼ばれるつぶつぶや織線が現れる。繭から紡ぎ出される絹糸に太さの違いがあるためだ。その違いが、自然からの贈り物、という感じがして私は好きだ。
 素材が決まると採寸。首周り、腕、そして胸の位置までかなり細かく採寸される。そこで私はハッとした。やばい。ブラつけてなかった。タイに来てすっかり体もリラックスモードになっていた。このままではサイズ的にまずい。

メリハリのないドレスになってしまう。あせった私は、店主に交渉しようとした。が、私のタイ語の能力では「胸は寄せて上げてボーン、と。ウェストはきゅううっと」なんて表現は無理だ。そこで、やむなく自分の胸を寄せ上げ、ボーンきゅううっとジェスチャーをした。すると店主は笑って、「マイペンライ(問題ない)」と言うのだ。タイの問題ない、が一番問題なんだよねえ、と一抹の不安はあったが、この際身を任すことにした。タイに身を任すのって、なんか不安でもあり快感でもある。どうにでもして、のキモチ良さ。私はかなりタイにやられ始めている。
 さて、ドレスをオーダーしてしまうと、仮縫いまでの一週間がぽっかり空いてしまった。嫁入り前だし花嫁修業でもするか。結婚すると今までの仕事に加えて家事もしなくてはならない。子どもも産むかもしれないし、こりゃあ体力勝負だな。そう思った私はトレッキングで体力を付けようと、タイ第二の都市チェンマイへ向かった。これが問題だった。チェンマイでの日々があまりにも素晴らしすぎて、結婚したくなくなっちゃったのである。タイの山岳民族を訪ねキャンプに宿泊するトレッキングツアーは、世界各国の旅行者に人気がある。今回のツアーの参加者は、欧米人カップルが3組にカナダ人の女の子3人グループ、アジア人は私の他に日本人男性1人と中国系シンガポーリアンの総勢12名。

そしてタイ人ガイドが3名付く。全員が合流すると早速トラックの荷台にギュウギュウ乗り込んで目的地に向かう。このトラックが狭かったおかげで会話が弾む。しかし早くも皆を辟易させるほどの強烈なキャラクターの人物がこの中にいた。シンガポーリアンのおっさん、ジョンである。早口でクセのある英語で繰り広げられるマシンガントークもさることながら、彼はそのいで立ちからしてインパクト大だった。黒サングラスと金のごつい指輪は中国系必須アイテム。いつでも滝で泳げるようにとポロシャツの下はピッチピチの水着パンツだ。手には食糧でいっぱいの大きな買い物袋。食事に不自由しないようにと市場で買い込んで来たという。用意周到な彼だが、裏目にでるタイプらしく、滝は泳げるほど穏やかでなく、食糧は登山には重く皆に配って嫌がられていた。さらに録音マニアでもある彼は、バンコクで録音した隣部屋に泊まったカップルの音まで披露して皆を思いっきり引かせていた。で、私が彼を嫌いかと言うとそうでもなくて、どうもそうゆう人は面白がって観察してしまう癖がある。観察してみるとなかなか愛すべきキャラではあるし、彼がいたことで皆の距離が縮まったこともまた事実なのだった。

 
  さてこのトレッキング、山歩きもさることながらさらに素晴らしかったのはその夜だ。山の空気は澄んでいて、あたりは静寂に包まれている。南国タイといえども山間部の冷え込みは相当なもので、食事が終わると皆が火の周りに集まってきた。夜の暗さと火の灯りのせいで、肌の色も何故か英語の下手さも気にならず、お互いの国や旅した国のことなどいつまででも話せたのは不思議だった。特にカナダ人のジェニファー、タイ人ガイドのオウ君とは年齢が近いこともあって自然と話が弾んだ。

美しいシルクレース
美しいシルクレース

 オウ君は日本語と英語を勉強中の非常に真面目な青年だが、話をするとジーンズと日本のポップスが好きな普通の若者だった。ジェニファーは札幌で英語講師を始めたばかり。山歩きの途中でジョンが気まぐれに山に捨てたゴム草履を後で拾っていたり、象の水浴びに静かに感動している彼女が私はとても好きになった。実は後日参加した、チェンマイのタイ料理教室でジェニファーに偶然再会するのである。もちろんこのタイ料理教室も、花嫁修業の一環である。そう言うとまた日本の友人に「なんで日本人と結婚すんのにトムヤムクン作らなあかんねん」とつっこまれそうだけど。ジェニファーにそこで再会できたことはとても嬉しかった。旅の偶然て素敵だ。旅では色んな人に出会えるけど、何かが少しずれていたら逢えない人達なのだ。そう思うと、少しの時間しか一緒に過ごしていないのに、その人たちがとても愛しく思える。
 火の勢いが弱まり、見上げた空は満天の星。木の合間に点った星がきらめき、まるで天然のクリスマスツリーのよう。その星空を見上げる私の頭の中からは、ドレスのことはおろか、結婚のこともきれいさっぱり消え去ってしまっていた。
 翌日、ジョンの一言で私は我に返った。象の背中に乗って川下りをしていた時のことである。小柄なアジア人の私とジョンは、二人一組で小象の背中に乗る事になった
 朝の山歩きで疲れたのか、いつになく大人しめなジョンがぽつりとこう言った。  「ねえちゃん、結婚してんのかいな?」ハッとした。で、とっさに私は「ノー」と言ってしまった。ジョンは納得したように「だから世界中旅ができるんやなあ」と言ったのだ。

その一言で私は思い切り現実に引き戻された。そうか、私結婚しちゃうんだ。もうこんなホケホケ一人旅できなくなるんだ。今までは放蕩ムスメってことでいけてたけど、放蕩ヨメなんて聞いたことがない。もうこんな面白い人たちに出会うこともなくなっちゃうんだ。
 バンコクへ戻った私は抜け殻のようだった。ゆったりしたチェンマイから戻ると、バンコクはいかにも大都会で、否が応でも日本を思い出させた。安宿街にいても盛り上がる白人旅行者たちの喧騒の中、一人ぼっちの私がいた。つい、人ごみの中にジェニファーを探してしまう。この際、ジョンでもいい、誰かに会いたい。話をしたい。
 そんな私に仮縫いのドレスがさらに追い討ちをかける。試着してみると胸の位置が全く合わないのだ。ドレスの胸位置は高くて見た目には問題ないのだが、実際の胸はもっと下にあるため実に座りが悪い。確かに見た目には「ボーン、きゅうう」だし、マイペンライ(問題ない)か。こうきたか、マイペンライ。でもなんか、女としては、へこむなあ。
 仮縫いが終わってしまうとまたすることがなくなった。なんだか私はフヌケになってしまった。バンコクに居てもチェンマイのことばかり考えてしまう。すっかりチェンマイに恋してしまったようだ。チェンマイは古都というだけあって、私が学生時代を過ごした京都に雰囲気が似ていた。恋しさにはそんな理由もあったかもしれない。
 そんな私がカオサンのカフェに座っていると、日本人のおじさんに話し掛けられた。いろいろ話しているうちに、チェンマイ病の話になった。するとおじさんはさらっと言った。

  「行って来たらどうですか? チェンマイ。行きたい所には行くべきですよ」
 会社を辞め、これからネパールに向かうという彼の一言には妙に説得力があった。結局私は彼の一言に背中を押されてチェンマイ行きを決意した。すぐにカフェを飛び出して旅行代理店に向かい、翌朝のチェンマイ行き長距離バスを手配した。バスで10時間もかかるのに、過ぎた所にまた戻るなんて。バカバカしい。そう思ったけれど、頭の中ではおじさんの一言がわんわんと鳴り響いていた。行きたい所には行くべきなんだ、と。
 再び訪れた夕暮れのチェンマイの街は、私の胸を締めつけた。バイクタクシーから眺めたターペー門の灯り。城壁。ああ、本当に恋してしまったみたい。この街に戻っても、ジェニファー達に会えないのはわかっていた。でも来ずにはいられなかった。
 翌日、お気に入りのワット・チェンマンの木陰で一休みしていると、トゥクトゥクの運転手が話し掛けてきた。ワット・チェンマンは釈迦の一生を描いた壁画があることでも有名な寺院なのだが、境内には観光地の割にはゆったりした雰囲気が漂っている。物売りやトゥクトゥクの勧誘も、なんだかのんびりしている。その運転手もそうで、私の片言のタイ語に、嬉しそうに隣に腰掛けてきた。どこへ行こう、と催促するわけでもなく、しみじみと木陰で語る私達。こんなこともチェンマイならではという気がする。

おっちゃんは、「なんであんた一人旅なん?」と聞く。私は少し悩んで「プロアー、イサラ」と答えた。イサラ。自由だから。おっちゃんはその言葉に満足げに頷いていた。
 しばらく話をして、どちらからともなく、じゃ行こっか。って感じでトゥクトゥクに乗り込んだ。値段交渉もしなかったが破格の安さだった。そして私たちは握手をして別れた。たったそれだけのことだ。でも私の胸は熱くなった。このおっさんに会えただけでもチェンマイに来た意味があった。旅は本当に出会いなのだ。
 またバンコクに戻った私はゲストハウスの殺風景な壁に掛けられた余りにも場違いなウェディングドレスを眺めた。ドレス、できちゃった。私はため息をついた。なんか……結婚したくない。挙式のこと、両家の親のこと、結婚までの諸々。この自由な旅と余りにも違う世界のことのようだ。ドレスを作るために来たのにこんな気持ちになるなんて。いっそのことこのまま旅の空に消えてしまおうか。
 そんな度胸もない長女タイプの私は、そのままずるずると帰国の途についた。ウェディングドレスがやけに重たく感じた。帰国ゲートを出ると私は婚約者に電話を入れた。結婚したくない、とうじうじしていた割には、空港に迎えに来てくれていないことにちょっとがっかりしていた。電話でそのことを言うと、意外な答えが返ってきた。
 「いやあ、迎えに行かん方がええかなあ、と思って。旅の余韻に浸りたいやろ?」

チェンマイ。新年の飾りつけをしたターペー門
チェンマイ。新年の飾りつけをしたターペー門

 うだうだ悩んでいた私が拍子抜けする一言だった。そして、思った。この人だったら大丈夫。私が大切にしたいものをちゃんとわかってくれるこの人なら。結婚のピンチ、と勝手に舞い上がっていたけれど、そんな私の性質を知り尽くした彼はずっとずっと大人だ。
 かくして私は無事ウェディングドレスを着ることができた。ナンプラーの香りこそしなかったものの、胸位置の座りの悪さでタイのことを思い出した。そしてあの旅で出会った一人一人に想いを馳せて、一人にまにましていた。マイペンライ。全然問題なし。私は相変わらず自由。さあ、次は何をしよう。何に閃くだろう。何に出会うだろう。
 無事にウェディングドレスは着られたけれど、旅への恋心は当分止みそうにない。

 

■作者Profile 1972年生まれ、兵庫県在住。会社員