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「ワインは、飲む人を詩人にするんだよ。上司や会社の悪口をワインを飲みながら言うやつはいないだろ」 多分、日本にいたら、「薀蓄の受け売りはやめて」って噛み付いていたに違いない。彼の前だと、いつも嫌味な女を演じてしまう。でも、ここ南米チリの港町なら、どこまでも素直になれそうだ。 「チリワインは、数年前のブームの時に、よく飲んだよね」「ほら、このカベルネ・ソーヴィニヨンもいけるだろ」 私は、彼が何故、チリ旅行に誘ったのか理由を訊かずについてきた。別れる前の最後の旅行なんて、どこだっていいと思っていたからだ。坂の町バルパライソの高台にある小洒落たレストランからは、コバルトブルーの海と空が広がっている。 あえて行くなら、彼と初めてのデートで見た映画『イル・ポスティーノ』のロケ地、イタリアのプローチダ島が良いって言ったのに、彼は、耳を貸さなかった。 |
「実は、ヨーロッパの葡萄の木は、19世紀末にフィロキセラっていう寄生虫で壊滅状態になり、アメリカ大陸の葡萄を接木することで生き延びたんだ」「被害を免れたチリワインは、接木することなくピュアな原木がそのまま残っている」私たちの恋も、旅の思い出を接木すれば生き延びることができるのだろうか。 彼は最後の1杯を飲み干すと、席を立った。「さあ、今年生誕100年を迎えたパブロ・ネルーダの別邸を見に行こう!」 ネルーダですって!『イル・ポスティーノ』に出てきた愛の詩人のこと?そういえば、チリの国民的詩人だったはず。 かつてネルーダが住んだ別邸は、ラ・セバスティアーナと名付けられ、博物館として公開されていた。ステンドグラスの装飾にパッチワークのベッドカバー。街を一望にするネルーダのベッドルームで、彼はこっそり私を抱き寄せて囁いた。 「もう一度、恋をはじめないか」と。 |
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