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北ヨーロッパのバルト海沿岸に並ぶバルト三国の一つであるラトヴィアは、人口は約二四二万人、北海道より少し小さいくらいの広さの国である。 そんなラトヴィアにブリギッタ・クルーミニャという女性が中心になって創設した国立日本語学校があるという。 昨年バルト三国を旅しようと求めたガイドブック「地球の歩き方〜バルトの国々〜」のコラムに書いてあった情報である。 どうして日本からずいぶん離れた小さな国で、極東の特殊といっていい言葉を学習しているのか不思議だった。 私はラトヴィアに着いたら、観光より、まず「日本語学校」に行こうと決めた。ラトヴィアの首都リーガ到着の翌朝「地球の歩き方」に記載してあった番号に電話した。 そしたら英語で「○×△ツーリスト・・・」というアンサー。学校じゃない。しかたないのでもう一つの日本語私塾「スタジオ言語」に電話してみた。 |
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確かに煮たものとちがう味で、フレッシュだった。「この庭で採れたスグリです、ナマジャムは煮るのではなくて、砂糖を入れて何時間も棒でつきます」
グナさんが作り方を説明する。 自宅で採れた実を根気よくつぶしてジャムを作る・・・質素でゆったりしたラトヴィアの生活の一端をかいま見た気がした。 グナさんは愛知県岡崎市に一ヶ月いたことがあるという。 「日本語の日常会話は難しいです、あなたはゆっくり話してくれるからわかりますが」 なかなかどうして、お上手な日本語である。 グナさんは日本語はもちろんだが、英語も教えるという。 ブリギッタ先生も、グナさんも本来なら年金生活で悠々自適だったはずなのだが、年金を支給してくれるはずだったソビエトロシアが崩壊した。「語学教授」は不足する生活費補充のアルバイトだ。 母国の独立は慶賀なことだろうが、こんな問題も出てくるのだ。 ブリギッタ先生は「私は漢字研究家で写真家、映画監督もします」という。ラトヴィアでは、有名人らしい。 |
漢字研究家の先生は、事実、たくさんの難しい漢字を知っていた。「鸛」という字、私は読めなかったが、先生は「コウノトリ、と読みますね」とニタリとした。 |
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大聖堂のパイプオルガンは渋く重厚だった。一八八三年製、六七一八本のパイプ、十メートルにも達する高さなど、当時は並ぶものがなかったらしい。外側の木彫り装飾は十六世紀のものだ。 |
八時過ぎ、先生おすすめの「民族料理店」に行った。 それぞれサラダ、グラタン、デザート、ビール。これで、五ラッツにもならない。 「お金が三ラッツも余りましたよ」と、財布を見せたら、先生はニコニコした。 十時くらいまでたくさんお話して別れた。 「ありがとう、楽しかったですよ、また来なさい、今度は私のところにお泊りなさい!」 そういって、先生は手をふって下さった。 おばさんバックパッカーを自認する私の旅はいつも一人だ。いろいろな人に出会う。 バルト三国の旅は、三泊四日のリーガ滞在とブリギッタ先生の印象が何よりも強烈だった。時々先生の「運命でした」という一言、明るさ、まっすぐさ、一心に日本語を学習する子どもたちのことを思い出した。 そうして一年が過ぎた。 ふっと思いついてインターネットで、ブリギッタ先生の名前と先生の運命の人であるYさんの名前を入れて検索をかけてみた。 |
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